言語発達遅滞研究第2号/言語発達遅滞研究第3号

言語発達遅滞研究第1号(1993年4月発行)

目次
発刊にあたって
編集後記

目次

発刊にあたって 小寺 富子

原著論文

中・重度言語発達遅滞の予後−過去20年の臨床を通して−
  小寺 富子     国立身体障害者リハビリテーションセンター

健常乳児における事物の扱い方−<S−S法>教具を用いて−
  倉井 成子     国立身体障害者リハビリテーションセンター

VTRを用いた1試行分析−初期的身振り発信行動の形成と待機動作について−
  佐竹 恒夫     横浜市総合リハビリテーションセンター

研究論文

語彙獲得の調査と応用
  白坂 康俊  国立身体障害者リハビリテーションセンター

前言語的段階に位置するケースの指導について
−小球入れの段階から事物はめ板の成立まで−
  高泉 喜昭   東京小児療育病院

症例報告

A群(音声記号未習得)

1音声記号未習得児に対する言語訓練
  東川 健   横浜市戸塚地域療育センター

音声記号未習得児の受信語彙獲得過程
  飯塚 直美  横浜市総合リハビリテーションセンター  

言語記号未習得児の言語形式−指示内容関係の形成
−やや特異な一事例を通しての考察−
  新谷 晴夫  佐倉市ことばの治療相談室  

B群(音声発信困難)

音声発信困難児(B群,I群)へのアプローチ
  清水 充子  埼玉県リハビリテーションセンター

音声発信困難な言語発達遅滞児の言語指導
  大西 祐好  横浜市南部地域療育センター

編集後記 佐竹

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発刊にあたって

−私のみた言語発達遅滞小史−

                   1993年1月18日 小寺富子

1.臨床活動

 言語発達遅滞を対象とする,新人でない臨床家の1日は,その日の訓練ケースのファイルを出すことから始まる.臨床家は,前回の訓練記録を見て今回の訓練計画を立て,教材を用意し,部屋をセットする.そこに子供と親が現われる.いよいよ,子供と臨床家(あるいは親も加わって)の“取り組み”(訓練の実行)が始まる.整然としたあるいは雑然とした一定の時間が経過し,“取り組み”は,満足感あるいは不満足感をもって終る.期待度により,終了時の感情は変化する.

 この“取り組み”には,臨床家の専門職としての願いが常にこめられている.

 その願いとは,どうしたら,目標とする活動や教材に注目・参加させて望ましい・新しい行動を形成できるか,そして1時間前後の言語訓練のための限られた時間を,子供にとって真に言語やコミュニケーションの学習の核となるような経験の場にしたい,ということである.

 また,この願いの実現は,専門分野の歴史と個人の専門職としての到達度や条件によって限定を受ける.

2.歴史

 我が国の言語治療の歴史は,1958年(昭和33年)の厚生省国立ろうあ者更生指導所に始まると考えられ,1971年から国立聴力言語障害センターにおいて専門職の養成が始まった.

 中枢性の要因による言語発達遅滞に対する臨床の歴史を,現症観察,診断分類,治療の二つの点について,偏った主観的な見方であるが,敢えてふり返ってみる.

2−1 草創
 最初の10年は(〜昭和40年代初期),スクリーニング的検査(理解,表現,構音器官),言語障害の他の類型との鑑別と遅滞の要因の分析,「ことばの衛生指導(speech hygiene)」ということが主であった.系統的な訓練はほとんどなされなかった.

 筆者は,事業統計を出すために,昭和33年の開設当時のカルテをひもといて先人の記録を読み返してパンチカードに記入したり,棒でソートして米国製の“最新式電気計算機”(電卓)で合計をだしたりしたものである(当時は,パソコン,ワープロは影も形もなく,機械はパタン認識はできないと言われていた).

 機能的構音障害や口蓋裂に対する訓練では,専門職としての“有能感”を感ずることがあったが,言語発達遅滞に対しては“無力感”のみであった.「心理の人より評価は粗いし,保母さんより子供の扱いは下手だし」と嘆じた先輩STのことばは,忘れられない.

 この時期には,「私は誰? ここはどこ?」というわけで,STのおかれた地点を知るために,言語発達遅滞に関する文献収集が行われた.また,「ことばの衛生指導」のキーフレーズと思われた“ことばのおふろにいれる”という記述の源(理論的根拠)を探る試みがなされた.

2−2 出発
 次の10年は(〜昭和50年代初期),言語発達尺度による評価(理解,表現,関連活動),コミユニケーションの特徴による下位分類(身ぶりや文字といった用いる様式による),ケーススタディを中心とする探索的な働きかけ,などが試みられた.

 実質的に有効な訓練法(の輪郭)があるのは音を対象とする場合のみであったが,言語治療の臨床機関は徐々に増え,Languageに対するニ一ドも高まってきた.

 「言語治療は発音だけですか?ことばを話す子の訓練はするのに,ことばを話せない子やことばを理解できない子の訓練はしてくれないのですか?親としては3カ月とか6カ月とか言わず(当時は類型をとわず3カ月単位で訓練効果を測定することが多かった),1年でも2年でもじっくり訓練を続けてほしい」と迫られたのは,当時の言語発達遅滞に対する週単位の訓l練で6カ月という最長記録を作りながら白旗を上げた同僚であり,迫ったのは,6カ月間通った子供の母親である.

 国立聴力言語障害センターでは,1968年に言語発達遅滞の予約待機患者が増大し,3カ月間で200名以上の初診検査を行う事態となった.

 言語発達遅滞をやりますか?STやめますか?というようなせっぱつまった気持ちで,言語発達遅滞の評価のみならず訓練についても組織的な実践が始まった.

 いわゆる自閉的傾向をもつ言語発達遅滞児は,現在と同様沢山いたが,当時は非指示的遊戯療法全盛時代で,STはどう介入できるのか,またそのような子どもを扱う専門家チームのメンバーに“参入”できるのか,未知だった.

 実践を続けながら,検査フォームについて米国の言語病理学の文献を徹底的に調べたが,やはり「理解,表現,構音器音」の枠組しかなく,自閉傾向をもつ言語発達遅滞児の言語症状をとらえるには不十分だった.

 「ある分野が専門領域として成立するには,専門とする対象を記述・説明(⇒評価治療)するのに他の領域の判断に依存しないことだ,関連領域との接点は保ちながら自律的な系が必要だ」という心理学者の示唆から,自閉傾向とか自閉性という精神医学・心理学の用語を用いずに,いわゆる自閉傾向をもつ言語発達遅滞児の行動を記述できるように,「コミュニケーション」という領域〈伝達機能,対人対物関係など)を,検査フォームの枠組に加えることになった.ラベルと専門職と行動を区別して考えることがかぎだった.自閉的かどうかの確定判断は他の専門領域の仕事であるが,コミュニケーション・言語学習・発達の援助を行なう専門職として(やっていけるかどうかは,どの時代でも個々のSTの行動にかかっている),自閉的であろうと精神遅滞であろうと,コミュニケーション・言語行動に間題をもつ子供なら誰でも,STが,論理的には対象とできるようになった.

 ケーススタディでは,言語未習得の,ことばを理解できないいわゆるlanguageless児の訓練が特に難しかったが,1974年に「身ぶりでははさみ(実物)を取ってこれないが,封筒を(指ではさんで)見せると取ってこれた」という親の報告をきっかけに,扉が間き,1976年に記号-指示内容関係の段階(7段階)が作られた.

2−3 展開
 最近の約10年は,言語発達遅滞検査法<試案1>の作成(1980年)後,言語の構造と機能の評価(記号形式一指示内容間係とその基礎的ブロセス,コミュニケーション),言語行動の特徴と訓練内容による下位分類,言語未習得から言語習得までの一貫した働きかけ,などが行われるようになった.また,認知面,他者との相互交渉に関する働きかけも活発になった.

 言語治療学のテキストは,米国の翻訳ばかりでなく,日本人が原著の言語治療のテキストが作られ,その一部を「言語発達遅滞」の章で占めることができるようになった.

 言語発達遅滞を対象とする臨床家の数も増え,1984年に言語発達遅滞研究会が発足した.



 以上の約30年は,言語発達遅滞の言語治療という専門分野のアイデンティティと確立を求める歩みであった.つまり,
 固有の対象(言語遅滞の症状のとらえ方)
 固有の方法(言語発達促進の方法)
 有効性(言語発達促進において言語の臨床家が役に立つか)
を探る歩みであった.

 これらの流れをみると,専門性の碓立に必要な,仮設の骨組程度は,形作られたといってもよいのではないだろうか?

3.今後

 今後,言語発達遅滞の言語治療という専門分野は,妥当性(学間的知識や埋論に合っているか),一般性(個々の事実からどれだけ他児に共通する一般的な知見をひき出せるか),有効性(前出),の観点から吟味をうけながら,包括化と細分化,拡大と圧縮(長大化とコンパクト化)などの道を辿り続けることになろう.

 また,短い時間軸でみれば,党派的偏向や(かくいう私も1つの党派的見方で書いていると言われても完全には否定できないが),一時的流行もあろう.後者では,例えば,米国の統語構造に関する文献は,1970〜80年代は非常に多かったが,間題が解決したとは思われないのに,1990年代は非常に少ない.

 しかし,偏向や流行が一概に悪いともいえない.言語発達遅滞児のもつ,その面の間題をアッビールする機会となるからである.ただし,STの場合,臨床的アブローチの中での位置づけが正しければ,という条件がつく.

 重要なことは,言語発達遅滞児のもつ多様なニ一ドに対応するアプローチの,言語構造と伝達機能を中心とする骨組みの中で,その時々のテーマを適切に位置づけることである.

4.STの問題

 訓練室の専門職たる個人に戻れば,専門分野の歴史的朱件と白己の到達度やおかれた条件の下で,目の前の子供を相手に言語・コミュニケーション学習の援助者として真に適切にふるまうことが永遠の課題であると言えよう.個々の臨床家は年を経ると古くなるが,目の前の子供との“取り組み”は,常に新しい.

 考える内容は次のようにいろいろである.

(1)手持ちの情報で考える(仮説,計画)
  ↓
(2)考えながら行動する(準備,実行あるいは実験,変更)
  ↓
(3)考えながら見る(仮説,観察)
  ↓
(4)見たことを書く(記録)
  ↓
(5)もう一度考える(考察)
  ↓
(1)手持ちの情報で考える(仮説,計画)
  ↓ 
  (繰り返し)

 このような反復作業を経て,新しい行動の形成すなわち「輝かしい1試行」を臨床家はものにすることができるのである.そして大抵は,臨床家と親のみが感激する知る人ぞ知る「輝かしい1試行」が無数に累積する.生活の中の大きな賦括剤である.

 このような個人的経験が,新しい方法や特性の発見として,専門分野の共通知識に加えられるには,さらに訓練や症例を重ね,妥当性や一般性などの吟味を受ける必要がある.

 専門職の課題は,先人の作った専門分野の知識を受け継ぎ,日々の訓練を通してそれを正しく実現すること,またさらに,それを発展させて,次の世代によりよい知識を渡していくことである.

 言語発達遅滞の臨床は,一部手がつけられたという所で,今後の研究を待つ所が大きい.停滞はゆるされないし,マンネリは臨床家の1日を楽しくさせない.私達は,常に新鮮な気持ちで,子供に向かいたい.

 この言語発達遅滞に関する初めての小論文集が,諸兄姉のご批判・ご検討を受けることを,心より願う次第である.また本論文集が,読者にとって(ひいては子供達や親にとって),明日の生き生きとした(訓練)活動の刺激の一つになれば,関係者一同この上もない喜びである.

 


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編集後記

 「臨床家による臨床家のための臨床研究」を目的として言語発達遅滞研究会は1984年に発足し,以来足掛け10年にわたり22回の研究会を開催してきた.1992年夏には第1回学術講演会を開催し,意欲的な発表と多数の参加者を得ることができた.ここに学術講演会の成果をもとに『言語発達遅滞研究』を発行する.

 原著論文として3稿がある.

 小寺論文はまさに<S−S法>の歴史といえる22年にわたる臨床の積み重ねに基づく研究である.小児から成人に至るまでの経過を捉えた長期的なマクロな研究である.座長記でも触れられたように予後の蓄積がまだない若い臨床家を勇気づける内容である.

 質問への応答にもあるが,この研究での症例は全て言語訓練を実施した症例であり,単なる調査研究のために集めた症例ではない.このことは臨床家が日々の症例への着実な臨床の蓄積に基づいて研究を行うという臨床研究に対する立場を象徴している.この立場は私達が共有するものでもある.このような臨床および臨床研究に対する姿勢は著者らの臨床家としての誇りであろう.

 倉井論文は健常乳児における<S−S法>検査教具の操作の発達的な変化を明らかにしており,<S−S法>の今後の展開への貴重な指標である.個々の事物の操作の発達的な変化や健常児におけるふるい分けや選択の成立(と不成立),見本合わせと音声との関係等興味深い内容である.事物の操作やふるい分け・選択は健常児においても10カ月から1歳半の間に成立すると考えられるが,いつ・どのように成立するのか,身振り記号や音声等の言語記号およびコミュニケーション行動との関係,等はまだ解明されていない部分が多く今後の研究の展開が期待される.国リハ式<S−S法>言語発達遅滞検査のうち実物を用いた部分に関してはノーマルデータがないが,今後何らかの形で整備が必要であり,その先行研究となる論文である.

 佐竹論文はVTRを用いた秒単位での行動形成の過程に焦点を絞った,ミクロな研究である.「理論」は臨床の場においては理論だけでは絵に描いた餅であり役に立たず,理論を実際の症例に適用するにはテクニックが必要である.従来テクニックというと理論よりも一段低いものと見なしがちであるが,臨床的な理論に裏付けられたテクニックを開発し,かつテクニックそのものを理論化する試みの重要性は強調しすぎてもしすぎることはない.

 読者はこの3つの論文で<S−S法>のマクロからミクロな領域まで俯瞰できることと思われる.

 研究論文としては次の2稿を得た.

 高泉論文は重度な症例の言語訓練の報告である.重度の症例への取り組みと訓練の進行に即してプログラムを練り直し,その結果教材を工夫し実際に製作していく過程が豊富な教材の写真とともに描かれている.その結果から視覚の高次化という観点から外界との自発的な関係の成立を考察している.プログラムを練り直しながら教材を製作するという基本的でありながら実際に日々の臨床で行うことは困難な実践を,着実な臨床の蓄積により可能としている.

 白坂論文は著者らの語彙獲得に関する研究の全体的なまとめの論文であり,その臨床的な応用に関しても述べられている.著者らは一定の理論的なフレームワークで,語彙という基礎的でかつ重要なデータを徹底的に収集し,臨床に応用している.このようなデータの収集は継続した根気と労力が必要であるため,実現するのは非常に困難であり,貴重である.また語彙の記録を処理するのにパソコン上でデータベースを用いており,研究のデザインという点でも学ぶところが多い.

 症例報告としてA群(音声記号未習得)3稿とB群(音声発信困難)2稿の計5稿がある.

 A群(音声記号未習得)では,東川論文はふるい分けと選択の中間段階における,より細かなスモールステージの工夫について報告している.飯塚論文は初期の身振りと音声の語彙獲得に焦点を絞り検討している.新谷論文は,通園施設内での言語療法士の役割と通園療育の意義について述べている.3つの論文で<S−S法>の重度の言語発達遅滞,A群(音声記号未習得)に関する臨床的な取り組みの広がりと深化の方向性が読み取れる.

 B群(音声発信困難)では,大西論文は長期間言語訓練を行ってA群(音声記号未習得)からB群(音声発信困難)に移行した症例について,移行群との関係や発信面の訓練における受信面の重要性について検討している.清水論文は,短期間で改善した症例について報告し,聴覚的および視覚的な構音操作のフィードバックの重要性を指摘している.

 B群(音声発信困難)は出現頻度が低いので症例報告自体が貴重である.大西氏の症例と清水氏の症例は,同じB群(音声発信困難)でも,IQノーマル範囲と中度遅滞,改善の程度等対照的であり興味深い.なおB群(音声発信困難)で発表した伊藤淳子氏「音声発信困難児の一類型」は他誌へ投稿のため本誌には掲載しないことをお断りする.

 こうして10の論文を通読してみると,あらためてそれぞれの著者の臨床,ひいては仕事に取り組む姿勢についての個性を感じることができる.このような個性的な,すなわち書いた人の顔が見える研究論文集ができたことも成果の一つだと思われる.

 多忙の中原稿をお寄せいただいた執筆者および座長の方々,ワープロ入稿をお願いした松本,龍,東川の諸氏,編集事務をお願いした知念,東川,原の諸氏に感謝する.

 また学術講演会のスタッフおよびボランティアの方々にもこの場を借りてお礼を申し上げたい.

 今後『言語発達遅滞研究』は次号を2年後の第2回学術講演会の後に発行し,以後毎年の発行を予定している.

1993.1.15 佐竹記

 


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現在、第1号の販売は終了しております。今後再発売、改訂版などの予定はありません。

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