訓練マニュアル<2> はじめに −<S−S法>再考−

佐竹恒夫 1993年1月22日

 国リハ式<S−S法>言語発達遅滞検査*1を軸とする言語発達遅滞の評価・訓練アプローチの総称として,<S−S法>*2という名称を用い始めて4年がたつ。ここで<S−S法>とは何かをあらためて考えてみたい。

1.理論的なフレームワーク

 <S−S法>とは単なる臨床技法の1つではなく,まずなにより言語行動に関する理論的なフレームワークである。<S−S法>が提供する理論的なフレームワークとは,記号形式−指示内容関係・コミュニケーション態度・基礎的プロセスという言語行動の3側面とそれに基づく包括的訓練プログラム,それに加え発信行動習得モデル,行動形成理論などの,臨床における考え方の枠組みである。それぞれの側面の内部は,さらに階層構造をなしている。例えば記号形式−指示内容関係には受信と発信があり,両者に記号の段階,身振りや音声のモダリティなどがある。

2.臨床技法の集積体

 また<S−S法>の評価および包括的訓練プログラムは,ふるい分けや選択,身振り記号,文字記号,語彙・語連鎖,形の弁別,などの多種の領域別訓練プログラムが集積して構成されている。この意味では狭義の<S−S法>は,多数の訓練プログラムや技法の集合だといえる。

3.個々の技法の位置づけ

 言語発達遅滞児の評価・訓練方法として<S−S法>の他にもいくつかの技法が公表されている。これらの技法は正しく位置づけて用いれば有益だが,特定技法の「信奉者」となり,それだけを臨床に採用すると弊害が生じる。その弊害には,以下のような場合がある。(a) 評価や訓練方法が一面的になる。例えばコミュニケーション面だけを評価し,言語行動の他の側面には言及しない。また健常児でも対人・対物行動は関連して発達するにも関わらず,対人的プレイの訓練しか行わない。(b) 訓練プログラムの領域が狭くなる。例えば音声の発信面だけ訓練する。(c) それらの結果としてケースが限定される。例えば2〜3語発話以上話している子供や,動作性知能が健常域の子どもだけを対象として訓練を行う。(d) 必要ではない訓練を実施してしまうことさえある。例えば音声発信ができるのに,身振りを訓練してしまう。コミュニケーション態度(対人関係)は問題がなく発達の遅れが主要な問題であるケースに,対人関係だけを訓練する。

 このような弊害を避けるためには,個々の訓練プログラムや臨床技法が理論的にどのようなものかを判断し,その子供の言語行動と発達全体の中で該当する領域に位置づけ,個々のケースの評価に基づいて適切に用いる必要がある。例えばオペラントは動作性課題や発信行動の促進手法の一部,インリアルはコミュニケーション態度の一部,NSLやサウンズアンドシンボルズは視覚的記号の一部,マカトン法は身振り記号の一部,というように位置づけることができる。このように理論的フレームワークに基づいて客観的に自らの方法論をとらえ直すことによって,臨床家が特定の訓練プログラムや技法に拘束されずに,その技法を必要に応じてケースに適用することができる。<S−S法>はそのための理論的なフレームワークを提供している。

 重要なことは,臨床家の信じる立場として特定の評価や訓練プログラムを採用するのではなく,言語行動をどうとらえ,どのように働きかけるかという洞察と理論的な考察に基づき,ケース中心にプログラムを立てることである。

4.オープンシステム*3

 個人の創造的な臨床活動の結果生まれた教材や部分的なプログラムを,その臨床家だけのものとして閉ざさず,理論的なフレームワークに基づいて構成された包括的訓練プログラムに組み入れる。これにより個人の工夫やテクニックがアドホック(その場限り)ではなくなり,他の臨床家と共有し多くのケースに適用することができ,一般性を得て開かれたものとなる。つまり<S−S法>の評価・訓練プログラムは完結し閉じた体系ではなく,各人から生まれた新たな部分的プログラムを付加していくことができるという意味においてオープンである。

 個々の臨床家は包括的訓練プログラムから,臨床の基盤となるプログラムと教材などを取り出しそれを用いて臨床を行い,さらに新たに創造したものを登録する。そのような形で増殖していく評価・訓練プログラムのデータベースが,オープンシステムである<S−S法>の包括的訓練プログラムである。

 このオープンシステムが存在することにより,新たに言語発達遅滞の臨床を始める新人の臨床家はゼロから出発するのではなく,それまでに蓄積された教材やプログラムを自由に利用し,その蓄積を用いて臨床活動を開始することができる。臨床活動に限らず創造性とは,何もないところから全く新たに何かを作り出すことではなく,既にある物を十分に活用して咀嚼し,既存のものを基盤とした上で,そこに何かを付け加えたり,転換をはかったりすることである。このような<S−S法>の方法論により,個々人の臨床活動が真に創造的でオープンなものとなることができる。

 本書「言語発達遅滞訓練マニュアル<2>」と既刊の「言語発達遅滞訓練マニュアル<1>」では,現在私たちが行っている言語発達遅滞児の言語訓練プログラムをまとめ,できる限り明確に記述することを心がけた。著者の力量とページ数の関係で不十分な点も多いが,これにより読者は現時点における<S−S法>の全体像を見渡し,臨床に適用することがことができると思う。さらに詳しく知りたい方は,巻末の文献にも掲載してある,鹿取廣人氏の理論的な論文や,倉井成子・小寺富子・山田麗子各氏の訓練手続きに詳細に触れた論文などもご覧いただきたい。また国リハ式<S−S法>言語発達遅滞検査のノーマルデータの再整備も現在進行中であり,「質問−応答関係検査」や「療育指導プログラム<通園版>」などについても今後発表する予定である。<S−S法>はすでに完成したものではなく,絶えず現在進行形であり,今後も新たな領域を開発し変貌していく。本書がそのためのマイルストーンとなれば幸いである。このマニュアルによって,言語発達遅滞児に関する臨床活動が少しでも進展することを願っている。

 本書所収の領域別訓練プログラムのうち,下記の章は言語発達遅滞研究会の定例会における発表を元に加筆修正している。作成時や発表時に助言していただいた言語発達遅滞研究会の方々に感謝する。特に山田麗子氏(国立身体障害者リハビリテーションセンター)には,第1章と第2章の元になる言語発達遅滞研究会のレジュメ作成時の草稿に目を通していただき,貴重なご助言をいただいた。

「第1章 初期操作・移動・ふるい分け」:「初期学習1」,1985/3/8,第2回言語発達遅滞研究会(中野サンプラザ)

「第2章 空間認知」:「位置・方向の構成・弁別,描線・書字学習」,1986/6/28,第7回言語発達遅滞研究会(中野サンプラザ)

「第3章 統語,第4章 質問−応答関係・文章」:「統語・質問−応答・文章の訓練プログラム」,1990/9/2,第15回言語発達遅滞研究会(こどもの城)

「第7章 療育指導プログラム(家庭療育)」:「家庭指導−療育指導プログラム−」,1986/9/20,第8回言語発達遅滞研究会(中野サンプラザ)

 なお既刊の「言語発達遅滞訓練マニュアル」は,本書の刊行により「言語発達遅滞訓練マニュアル<1>」と名称を変更する。訓練マニュアル<1><2>を通した構成を次ページに掲載するので参考とされたい。


*1 国リハ式記号形式−指示内容関係<S−S法>に基づく言語発達遅滞検査 Test for Language Retardation Based on Sign-Significate Relations
*2 記号形式−指示内容関係<S−S法>に基づく言語発達遅滞訓練プログラム Intervention Program for Language Retardation Based on Sign-Significate Relations
*3 この節の論議は聴覚言語療法Vol.7 No.6 1991 「臨床上の工夫」に掲載の原稿を一部元にし加筆訂正している。

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