訓練マニュアル<1> はじめに

小寺富子 1991年5月25日

 言語発達遅滞児に対する臨床的アプローチは、各々の臨床家の言語観や理論的立場になどにより様々である。しかし、いずれの立場をとるにせよ、治療の共通原則として、(1)言語環境を整備し、(2)関連要因の除去、軽減、補償をしながら、(2)遅れの症状(言語症状)そのものの改善を目指した持続的、直接的な働きかけが必要であろう。その際、耳鼻科、小児神経科、児童精神科、臨床心理、保育、教育、他の関連領域の専門家との連携が必要である。  (2)の直接的な働きかけでは、個々の子供の言語発達の水準や特徴に応じた、系統的なプログラムが必要である。働きかけを持続して行くには、言語刺激をたっぷり与える、かかわりを大切にする、多様な経験をさせる、といった総論的前提だけでは不十分であり、将来に向かってどんな言語行動を、どんな広がりと順序性をもって育てていくかという展望をもった各論的プログラムが必要である。従って、プログラムの立案、実践に際しては、言語の構造と機能、言語未習得から習得、言語学習と基礎学習、訓練室と非訓練室(家庭他)、さらには評価と訓練などが、有機的に関連づけられることが望ましい。

 言語発達遅滞児の評価に関しては、言語病理学、他の多領域で種々の試みがなされてきたが、「Languageless(言語未習得)をも対象にでき、かつ検査結果がその後の言語発達促進の働きかけと結びつくこと」を目指して作られた検査法として言語発達遅滞検査法<試案1>と<試案2>がある(小寺他 1981,1989、<試案2の>検査教具については、一部教材を付加し、『国リハ式記号形式ー指示内容関係(S−S法)に基づく言語発達遅滞検査』として1991年6月に(有)エスコアールより販売)。

 この言語発達遅滞検査(略称『国リハ式S−S法言発検査』)の特徴は、各症例への働きかけの出発点、方向、到達目標、方法を知るために、検査項目や柔軟な手続きが用意されていることである。言語発達遅滞検査法<試案1>発表以来10年が経過し、評価の道具としてはある程度使用されるようになった(つまり言語発達遅滞児を共通の『ハカリ』でみることは可能になった)が、検査結果から訓練プログラムの立案・実施へという流れについて共通理解を持つという点では、まだまだ不十分である。訓練についても検査と同様、まとまったマニュアルが必要なことが痛感されていた。

 本書は、上述の国リハ式S−S法言語発達遅滞検査法に基づく『言語発達遅滞訓練法』である。検査結果がその後の働きかけとより結びつくように、検査の受け皿ともいえる『訓練法』に焦点をあてる。検査法と同じ枠組みで、1970年前後から1990年までの国立身体障害者リハビリテーションセンター及びその関連の臨床研究資料を分析して、働きかけの基本的な考え方、方法、プログラムを整理したものである。

 また本書で提案した訓練方法やプログラムを理解、実践し易いように、訓練教材の一部(実物−事物はめ板−絵カードなど一連のもの)が(有)エスコアールより市販されている。

 臨床家の仕事は、言語発達遅滞児が、将来独力で自由に自己を表現し、周囲の人との関係を保ちながら最大限の能力を発揮して生きることを、言語面の評価・訓練者として援助することと同時に、彼らの言語社会の先輩として初期のよいコミュニケーション相手としてふるまうことでもある。また個人の認知・思考・伝達などの諸機能をもつ言語の、どの部分の学習を他人が援助できて、どの部分を援助できないか未だ不明な点もあるが、援助できそうな所から働きかけを実践し、その方法と結果(行動変化)の妥当な関係を追求していく必要がある。要するに、臨床家は、マジシャンではないが、訓練の過程で、仮説−実験−考察を経て得られる科学的な知識に基づいて、援助する力を増やしていくことは可能であろう。

 訓練プログラムの実施に際しては、固定した教材や手続きを押しつけるのではなく、柔軟な方法で臨み、子供が学習し易い条件を子供とともに訓練者が見つけていくと言う心構えが重要である。学習するのは子供自身であり、子供の自発性を無視した訓練は持続できない。

 訓練室で達成した課題あるいは形成された行動が、他の場面でどう実現するかという『転移・般化』の問題がある。どちらかというと、「転移・般化は一般には難しいから訓練室での訓練はムダ、訓練者の自己満足である」というような、どちらかというと否定的なニュアンスで言われることがある。これに関して、我々は、言語・行動の体系化・体制化を促すような適切な訓練方法、十分な訓練量、転移・般化をみる適切な変数(例.言語理解の水準、音声表現の質・量、他)などを、訓練を実践しながら追求していくことが、生産的ではないだろうかと答えたい。

 重度な言語発達遅滞児の家族の心理的社会的負担は深刻であり、家族の心情に共感し、支持しながら臨床的実践を行うことが極めて重要である。本書がささやかながら、そのような臨床的実践の、小さな道筋の端緒となれば幸いである。


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